高見のり子議員

蒲生干潟の再生と蒲生のまちづくり

蒲生の清掃東日本大震災から5年5ヶ月がたとうとしています。
震災当時、蒲生干潟は「壊滅」したと思われました。
ところが、蒲生干潟は見事に再生を果たしています。

津波は多くの人命を奪いました。
自然の力に人間はなんと無力だったでしょうか?
しかし、同時に自然の営みの力強さに人間はどんなに励まれたでしょうか?

津波で家族を失った被災者が今、蒲生で干潟の再生とともに力強く生きています。
私もまた、この蒲生の自然に大きな力をいただいた人間の一人として「蒲生のまちづくり」に関わってきました。

「蒲生のまちづくりを考える会」の8月の例会は蒲生の清掃に取り組みました。
干潟の自然観察会、日和山登山、思い出ツアー、ピザ焼きなど「舟要庵」を拠点にたくさんの人々が集っています。

今、仙台市の区画整理事業、宮城県の巨大防潮堤建設など蒲生干潟の環境保全に大きく影響が危惧される復興事業が進められています。蒲生北部地区は準工業地域から工業地域に用途変更も行われようとしています。

どうぞ、たくさんの市民の皆さんに蒲生に関心を持っていただきたいと思います。
蒲生干潟の保全と400年以上の歴史を持つ蒲生の歴史と文化を守るために!

住民要求実現向けて

バス停上屋毎年行っている宮城野区区民要求実現連絡会の要求アンケートが始まりました。
2017年度の予算に向けてどうぞ、皆さんの要望をお寄せください。

昨年度もいくつかの要望が実現しています。
①田子西第2復興公営住宅とヤマザワ間の道路の信号機設置
②JR高砂駅前国道45号線沿い歩行者の安全対策のため歩道の防護柵設置
③鶴ケ谷団地内のバス停のベンチ、上屋の設置(仙台三高前、団地入り口)
④現地再建地区の南蒲生・新浜の環境整備
その他にも七北田川の流木、廃棄物の処理なども実現しています。

今年度のアンケートは8月21日が〆切です。
皆さんの声が住みやすいまちを作ります。
1人の声は小さいけれど、みんなの声が集まれば「きっとできる!」です。

「子ども食堂」の広がり

子ども食堂6月議会で取り上げた「子どもの貧困」
6人に1人の子どもが貧困状態で栄養のある食事が取れていないといいます。
このこと知ったママやバアバが立ち上がりました。

温かくて美味しいごはんを子どもたちにお腹一杯食べさせたい!

こんな思いで宮城野区でも「子ども食堂」が開催されます。

初めてのメニューは大豆がたっぷり入っている「クマさんカレー」
子どもたちの笑顔が楽しみです。

歴史的意味のある参院選結果について

岩淵友2016年7月10日参議院選挙が終了しました。
結果は市民と野党の共同代表の桜井充さんが再選!勝利しました!
比例では日本共産党が3議席から6議席に倍化し躍進しました。

さらに東北・北海道の代表としていわぶち友さんが初当選し、東北から国会に送り出すことができたことも、重ねてうれしい結果でした。

この選挙は野党共闘が実現し、民進党や社民党のみなさんと力を合わせて闘いました。
初めての経験であり、大変学ぶこと多かった選挙でした。

東北地方では秋田県を除く5県で野党共闘の候補者が勝利したことは圧巻でした。
沖縄に続いて東北での自民党への審判が下された結果です。

地元紙の「野党共闘は相乗効果がある」との大きな見出しがとてもうれしい。
税金は富裕層から、消費税増税は中止を!
税金は暮らし優先に切り替え、保育所増設や返済不要の奨学金制度の創設、医療や介護の充実で安心の老後を実現!
働き方を変えて人間らしく働くルールの確立!

参院選でかかげた公約実現のためにこれからも日本共産党は全力で頑張ります。

 

「未来の予測」~しんぶん赤旗の魅力~

手帳「しんぶん赤旗」日刊紙読者のSさんは73才で2月1日に他界されました。
製薬会社の重役についていながら、長年の日本共産党の協力者でした。訃報を受けて焼香に伺ったところ1人残された奥様が迎えてくださいました。

Sさんがどういった経過で共産党を支持していたかはわかりません。
退職後に入党を勧めた際、党への強い信頼を感じました。「党員になれないが日刊紙を読む」と言われ「死ぬまで読んでね」などと会話をしたことが思い出されます。
亡くなってからも「しんぶん赤旗」は仏前に供えられ、奥様が引き続き読んでくださっています。結局、亡くなってからも読み続けていることに深く感動しました。
さらに驚いたのは、手帳に赤旗の切り抜きを貼り、メモなどもしながら日々勉強されていたことです。その手帳は何冊にも なっていました。
しんぶん赤旗はこういった方々の深い信頼に支えられてその役割を果たしているのです。私はしんぶん赤旗を人にお勧めする立場でありながら、特に日刊紙の大切さを理解していなかったような気がして恥ずかしくなりました。

日頃から家族に尊敬されていたSさんは「今何を読むべきか」と問われ「日本国憲法」と答えていたそうです。安保法政について強く危惧していたと思われます。地域の九条の会に参加していた姿を思い出します。

亡くなる直前、赤旗の「未来の予測」の記事を読んで欲しいと言い残されたそうです。しかし、ご家族が必死に探されたそうですが見つかりませんでした。日本共産党中央委員会にも問い合わせをしたのですがそれでも見つからなかったそうです。奥様はそのことがずーっと気になっていて、私にも問われました。その時アイパットで検索したところ、偶然、下記の記事が見つかりました。

「若い人には、ぜひ好奇心をもってほしいと思います。そして未来を予測することに挑戦してみてほしい。「しんぶん赤旗」が、そういう面でも読者に刺激となるように期待します」
これは2006年7月23日、しんぶん赤旗が2万号を迎えた時、物理学者の益川敏英さんが2008年にノーベル賞を受賞する前に赤旗に寄せた言葉でした。10年前でありながら今、そのままたくさんの人に伝えたい記事であり、さらに輝き続けている記事と言えます。
そうです!Sさんはこのことを家族に伝えたかったのだと奥様が確信しました。
二人で泣きました。偶然とはいえSさんの思いを家族にお伝えすることができたことに私自身が驚きました。
「未来予測」は益川さんの言葉だったのです。

Sさんはご家族に遺言としてしんぶん赤旗の大切さを伝えてくださいました。私はまだ感動がさめません。この記事は私に向けられた言葉でもありました。
「しんぶん赤旗」をもっと多くの人たちに届けたいと思います。
Sさんのご冥福を心から祈って・・・
「しんぶん赤旗」は7月23日付で、創刊から2万号を迎えました。2万号に寄せて、各界から「赤旗」について語ってもらいましたので、紹介します。

未来予測の刺激役に

素粒子物理学者 益川敏英さん

「しんぶん赤旗」とのつきあいは、私が名古屋大学の大学院生で、理学部の坂田昌一さん(故人)の研究室へ入って、本格的に素粒子物理学の研究を始めたころからですから、四十年以上になります。

坂田研究室は、非常に自由な雰囲気でした。教官も、大学院生も、お互いに「○○さん」と呼び合うことになっていました。だれでもが、思ったことを自由にいえるようにするための配慮がされていたと思います。当時の大学の研究室では非常にめずらしい研究室だったのではないでしょうか。

■  ■

 私は物理学者なのでデータを非常に重要視します。「しんぶん赤旗」からは、ほかの新聞には載らない情報を得ています。最近のことでいえば、南米の国々の政治状況などです。

私は、小林誠さん(高エネルギー加速器研究機構名誉教授)とともに、一九七二年に「小林―益川理論」と呼ばれる素粒子理論を完成させました。

その理論で予測した、六番目のクォーク(トップクォーク)が九四年に実験で確認されました。予測から二十二年後です。このときは、マスメディアからたいへんな取材攻勢を受けました。この理論の予測が、詳細な部分まで含めて、より完全に実験で確認されたのは二〇〇二年、予測から三十年後です。私たちの理論が最終的に証明されたことはたいへんうれしいことです。

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 私たちの経験からしても、基礎的な研究というのは長い期間を必要とします。大学の法人化が進められて、息の長い基礎的な研究がやりにくくなっていないか懸念しています。

大学の最も大事な役目は、次の世代を育てることだと思います。十年、十五年先の状況に対応できるような基礎的な知識を身につけさせることが大事です。いまは、すぐに役立つ研究ばかりが前面に出すぎているのではないでしょうか。

私は、物理学をやろうと決意した学生のときに、坂田昌一さんや武谷三男さん(物理学者、故人)の本を読んで唯物弁証法の考え方を勉強しました。物事を静的にみるのでなく、動的にみることなど、その思考法が研究を進めるときにも役立ったと思います。

若い人には、ぜひ好奇心をもってほしいと思います。そして未来を予測することに挑戦してみてほしい。「しんぶん赤旗」が、そういう面でも読者に刺激となるように期待します。

(聞き手・前田利夫/写真・森保和史)


ますかわ・としひで  素粒子物理学者。京都産業大学教授。京都大学名誉教授。2001年度文化功労者。著書に『いま、もう一つの素粒子論入門』など。

クォーク  現在知られている最も基本的な素粒子。原子核を構成する陽子や中性子はクォークの結合体。小林―益川理論が発表された当時は三種類のクォークしか知られていませんでした。小林―益川理論は、六種類のクォークが存在することを予測しました。